★☆★〜ボクとアタチのあしあと〜★☆★

大切な2チワワンと母のあしあとまったりと

最終日神戸お散歩~関西旅行から~

いよいよ最終日のお話になってしまいました。
前日日が変わる頃に新居に戻り、翌日出勤の旦那様YOSHIさんは早々に就寝。
母とTOMOMIちゃんは「明日は昼まで寝るぞ~~」と決め込み。それでも早くにお布団へ。

何度か目覚めるもののなかなかお布団から出ることができず、ようやくリビングにTOMOMIちゃんの
気配でムクムクと起きた母。
すぐには頭の回転が動き出しません。体もすっかり年寄りなんで動きません。
うだうだしながら、それでも、今日東京へ戻る母は、もう一度婚姻届にきちんと清書し捺印。

TOMOMIちゃんの3泊お世話になった部屋を出たのは2時半くらいだったかな?
一路港町の三宮まで移動。駅のロッカーに荷物を預け中華街で「腹減ったーーーー」と直行。
中華街と聞くと関東在住の母は「横浜中華街」を思い出すけど。まさに同じカンジ。
でも、もっと軒先でテイクアウトしたりそこで食したりできる場所が、横浜より多いかな?と
感じました。
長崎にもあるんですよね。港町には欠かせない中華街ですよね。
写真をクリックすると大きな画像で見れます
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で、さっそく「中華おこげ」が食べたいという二人の合致で「おこげ」のあるお店へGO!
北京料理屋さん。だったのですが。
もう3時回っていたからランチも終えているけど飲茶の品揃えがいいのか、店内はそこそこに
お客様が入ってます。
母達が食べたもの。フカひれ焼きそば。小龍包(どうしてこれでしょうろんぽうって読むの?)。
海老マヨ。海鮮おこげ。
これって二人で中華だと頼みすぎ?って
思っていたけど。なんのなんの。その日初めての食事とあって、さらに「おいすい~~~」
白湯味でとっても美味。お皿にはまったく残る事無くペロリ。
お腹いっぱいになりました。
本当はマンゴープリン食べたかったのですが、それはさすがに入りませんでした。
でも、歩きながら、ゴマだんごは食べましたけど(甘いものが好きな母だけ)

で歩きながら神戸港までお散歩。神戸港ではメリケン波止場に残された。あの1995年1月17日の
震災で崩れたその一部をそのまま保存している神戸震災メモリアルパークに立ち寄り。
その当時のままで残されている姿に、改めて「凄かったんだね」と。
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近くにはポートタワーもあり写真(一番右)の建物3つ。あるうちの左がポートタワー。
右の建物は、今度5月に藤原紀香さんが披露宴パーティを挙げるホテルオークラがでーんとそびえ
建っています
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港町を過ぎると、
中央区東遊園地という所に辿り着きました。ここは震災慰霊祭が行われる場所。と。
有名なルミナリエが飾られる通り近くにあります。
母の知らなかったこと。ルミナリエは毎年同じものを倉庫かどこかから出してくると思っていた
のですが、違うのだそうです。毎年その年に作られたものが飾られているのだと知り驚きました。
そして、その慰霊祭が行われる公園内に「希望の灯」(写真・左)といって、被災10市10町を巡って運んだ種火と、47都道府県から寄せられた種火をひとつにして、灯されている灯がありました。
その隣には「慰霊と復興のモニュメント」(写真・右)がありその地下には、震災で犠牲になった
方がたのネームプレートが並べられています。
その数は本当に通路いっぱいに並べられ、多くの犠牲者がおられたことを改めて感じさせられました。
その通路は日中だけの公開になってます。
そのモニュメントに流れる水流が陽のひざしに、輝いて見えました。
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お散歩をしているうちに母は空港へと向かう時間が迫ってきました。
神戸空港へ移動して、お土産を買いTOMOMIちゃんともお別れの時間です。
たった3日だったけど、本当にありがとう。お世話になりました。
たくさんの思い出を作って飛行機に乗るゲートを過ぎる時、泣き虫な母はやっぱり涙が出てきました。
それでもTOMOMIちゃんにめいっぱい手を振って飛行機に乗り込んだのでした。
TOMOMIちゃんから託されたカラーの花を手にして・・・。

さて、もし、この旅行記を読んでくださった方がいたら、本当に長文を読んでくれてありがとうございました。あの震災の町がたった10年なのか、もう10年なのかそれは被災地に住まわれる方しか
分からないかもしれません。が、
本当に見事にステキな町に復興をとげました。そんなステキな神戸に皆様も機会があれば
どうぞ足を運んでみてくださいね。