昭和54年5月6日(日曜日) 入院10日目 晴れ
1:50 吐いた
4:10 点滴終了 小水少々
7:00 よく眠っている
8:15 小水少々
8:40 味噌汁重湯1口飲む
9:35 点滴1本目開始
10:45 吐く
10:58 血圧を測る
13:13 吐く
14:12 小水少々
15:02 缶詰の汁4口飲む
15:55 点滴取替え2本目
16:55 小水少々
17:05 うがいをする
18:40 味噌汁スプーン4口飲む
18:50 全部吐く
19:10 血尿が出る(少量の血の塊も出る)
19:50 吐く 10分間位吐き続けてとても苦しそうだった 母の実の妹泊まり
20:55 吐き気止めの注射をお尻に打つ
22:05 点滴取替え3本目
22:15 血尿
5月7日(月曜日)入院11日目 晴れ
1:20 吐く(黄色い液)
1:30 きれいな色の小水が出る
3:40 吐く(すごく粘り気のあるもの)
4:35 点滴終了
4:50 吐く・・・とても苦しそう
5:30 採血にきたが採ることができなかった
7:45 検尿をとる
8:00 洗面 朝食1口もとらず下膳する
9:50 検温 36.6℃
10:30 点滴開始1本目 義理姉に看病交代
11:20 「小水がしたい」と言ったが何も出なかった
11:40 吐く(とても苦しそうだった)
12:00 昼食1口もとらずよく眠っている
14:05 検温 37.1℃
14:35 小水と便少々
15:50 回診
16:15 小水の出る注射を左手に打つ 口の周りに薬を塗る
16:30 小水少々
16:35 吐く・・苦しそう
18:15 点滴取替え2本目(イントラリピット10)
19:05 小水
19:34 吐く
21:20 小水
23:30 小水したいと言ったが何も出ない
23:30 点滴取替え3本目
少しずつこの頃の日誌には経時的に記録がとられている。分かることはほとんど経口的には何も
とる事ができない状態になっていて、利尿剤の注射を打ってもほとんど反応せず尿はだんだんと
少なくなってきている。看病してくれている親戚たちも、少しでも口に入れて欲しいという
思いで何かをすすめ、母もそれに応えるが、結局全部吐いてしまっている。
今の時代であれば、この頃には胃の中に管を通し、吐くという苦痛を胃の中にたまるものを
常に排出させておく、という処置が施されただろう。
吐くという苦痛は、不安と身体的疲労もかなり大きい。すこしでもこれが取り除けたら母の
辛さは少なくてすんだかもしれない・・・。
私にできたことは、母の背中をさすること位しかなかった。たったそれだけだった。